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タイ・バンコクにて

  • 2012/04/28(土) 21:01:18

約半年ぶりの海外出張はバンコクに行ってきました。
今回も、前回の南ア同様にボスの介助者として。

バンコクは障害者の国際団体のアジア太平洋地区の事務局所在地。
これまで、アジアの障害者支援に尽力してきたボスに育てられた
障害当事者の方々に何人も会うことができた。

あんなにも熱心に説教をするボスと
それをもっと熱心に聞く現地のスタッフたち。
なんだかその光景にジェラシーを感じたり。
ときどきボクにお説教が飛び火してきて火傷したり。w

どんなに疲れていても、
体のコンディションが悪くても、
「未来」を語り出すと目がキラキラしてくるボス。
24/7、未来を語っててくれたらどんなにこっちも気楽か…w

その詳細は身近な人にしかわからないけどね。

彼の支援を受けて設立されたタイの自立生活センターのスタッフの
英語文書の添削を引き受けることになりました。
というか、例の如く、ボクの知らないところでコトが進んでいた。

「Kosukeはな、メチャクチャ英語がうまいから、よく聞いておけよ」
と、チラッと聞こえてきた。
それが本当なら人事異動求ム!!なんて思いながら聞いていくと
「お前がやれよ」っと。

決して英語が得意とはいえないタイの人々、
とくに障害をもつことで教育や生活水準が平均に届かずにいた人々が
熱心に学ぼうとする姿と、謙虚で真摯な姿が胸に刺さった。

「ボクもまだまだ勉強できるはず!!」
「先進国の温室育ちのド根性見せてやる!!」

そんな風に思いながら、「ほぃ」と快諾した。
ボクの口から出るYESも、そのほとんどが見切り発車だけれど、
やると言ったからにはその約束は果たす。

せっかく去年から英語を勉強し直してきていたし、
自分ではなく誰かのこととして、
責任をもって使えるだけの英語力がほしい。

いつでもボクについてまわる
「自分は障害をもっていないから」という一種の負い目。
だから、ボクは当事者のそばを離れたらニーズが見えなくなるし、
何も決められなくなる。

障害者のニーズは、その当事者である障害者が一番よくわかっているから。
それを見落としてきて、出来上がったのが今の日本社会だから。

いつでも自分の居場所や役割がわからなくなるし、
自分の判断や決定が正しいのかどうか疑わしくなる。

それを知ってか、知らずか、
ぐぃぐぃと仕事や役割を振ってくれる人や、
そのなかでかなり自由に飛ばせてくれる人。

またちょっと、自分の手が遠くに伸びるようになった。
八王子市の条例をつくった部会、出来上がった条例を運用する部会の事務局として
出会ったことのない、ボクの目のとどかないところにいる障害当事者のもとへ。
英語の添削という、たぶん得意な人なら誰にでもできる簡単なことだけれど、
ちょっとだけ遠い海の向こうの障害当事者のもとへ。

ありがとう。

このままぐんぐん伸びてけケニアまで!!

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平成23年度。

  • 2012/03/29(木) 01:50:43

去年の9月を最後にずっと放置していたココ。
それでもときどき覗いてくれる方、
叱咤激励のメールを送ってくださる方、
そのことにちゃんと応えられていなかった自分。

少しもまとまっていないけれど、
数少ない、大切なモヤシのサポーターの方々に向けて、
今、1年分の想いを綴ります。

よろしくお願いします♪



なんのために7年も大学いたかと言えば、
21歳、大学3年の中盤にようやく自分の学びのターゲットが定まった。
「ケニアのろう者のことをもっと知りたい!」と。

1年間のケニア滞在を終えて、迎えた22歳と就活。
どこでどれだけ自分の人生ビジョンを話しても、
「嘘八百」で、素直にプランを組み立てると自然にケニアへ向かった。

超売り手市場だった当時の新卒採用市場。
その追い風のおかげでウソツキなモヤシでも何社か内定をゲット。
就活中からあった後ろ髪を引かれるような「違和感」
「そこそこの内定が出れば、それも落ち着くだろう」と思っていた違和感も、
内定数が増えるほどに大きくなったいった。

数を積み重ねても解消しないことを知って、
就活を休止した23歳。
その決断を下したその日に見つけた「アフリカ仏語圏アフリカ手話研修」のポスター。

いつでも転機は急にやってきた。
最初の「ケニアへ行こう」と勝手に決めた20歳のときと同じ。

上京して無我夢中に勉強して、
どんどんモチベーションが湧いてきて、
「その先へ進みたい」と話すときは一つも嘘をつかなくて済んだ。

少しも就職を、少なくともろう者との接点を失う進路を望んでいないこと。
「そうはいっても、そうそううまくいくもんじゃない」と言えるほどの
リスク負担も、経験も、チャレンジもまだしていなかったこと。

23歳の夏、内定をオールキャンセル。
その数日後にナイロビ大学の手話研究プロジェクトを紹介された。

問題は時間、お金、ステータス。
時間はまだ3年分の休学権利があって解消。
お金はその3年のうちの半年~1年を使えば稼げると解消。
何年かかって大卒になるかわからないモヤシを雇うところなんてあるのか・・・
・・・それよりも、自分のやりたいことをやっているところはあるのか。
ないなら、最悪自分でやる覚悟が決まって解消。

6ヶ月、ナイロビ大学に通いながら学びまくった24歳。
不完全燃焼も未熟さも重々承知して帰国した25歳。
無鉄砲に「必ず、もっと大きくなって帰ってくる」の約束までして。

「あきらめられるなら23歳のときにあきらめてる」と探しまくった。
あっちこっち道場破りのようにインターンを直談判した。

そこで出会った今のボスと一生頭の上がらない大先輩。
ボクがケニアで学んだこと、課題として残したこと、
一人じゃたどり着けなかったことを実行していた。
ボクの7年間を1週間で済まされてしまうような。

その間に起こった出来事。
ここに書けるようなことではないけれど、
そのことがキッカケであきらめることにした。
公私どっちでも人生最大の背任をした25歳の秋。

そしたら胃なのか、腸なのか、ボロボロになって
水も飲めなくなって、血便、血尿でノックダウン。。。ダサかった~








「気持ちだけ残ってるなら、どんな形でも、状況でもしがみつきなさい」
「必ず、チャンスは回ってくるから」
「過去の失敗に左右されないだけのチカラをつけなさい」
「そのチカラを身につけられるだけの気持ちがあることを証明してみせなさい」
「それなら、僕は君を許すから」










今でも、この言葉に支えられています。

「自分の望む職種でなくても、職場でなくても、
バイトでも、ボランティアでもそばにおいてください」

今のボスの自宅に押し掛けた。
「原山くん、君は成長するかい?」の問いかけに「はい。」で面接が終了。
当初は傘下の別の事務所に配属される予定で採用された。
それが、卒業して上京してみれば「おれのそばにいろ」といつでも一番近くにおいてくれた。
昨日も、今日も、明日も、この先も。

国の制度策定の現場にも連れてってくれた。
市の条例制定の事務局員にしてくれた。
南アにも連れてってくれた。
4月には国連の政策策定過程の現場にも連れてってくれる。
たくさん叱られた、たくさんほめられた、たくさん成長の種をもらった。

2人きりになると時折問いかけてくる「成長できるか?」
いつでも安易に「はい」と答える。
それ以外に選択肢があるはずもない。

今のボクは許してもらっている身で、
守ってもらっている身で、
成長する機会を毎日、与えてもらっている身。
過去の失敗云々ぬきにしても、
彼の期待に応えられる人材にならないと、自分の目標にすら届かない。
ボスの目標の足元にすら及ばないボクの目標に。

ケニアのろう者が教えてくれた手話と障害の当事者性と問題。
一切の妥協も、手抜きもなく、包み隠さず知っていることのすべてを教えてくれた。
障害が不幸の種になりやすいこと、今の社会システムがそれを必然的にしていることを。
「お前は最高の弟子だ」と言ってくれたCharles先生。

一つの障害に捉われていたら社会システムの転換はできないこと。
障害を不幸の種にしないシステムとその転換方法とプロセス。
行政に面と向かって挑戦して、失敗することも。
当事者性を尊重する過程で、当事者でもなければ、家族に障害者のいない自分の役割。
ケニアに帰る道しるべを残してくれていることも。
その全部の答えは教えてくれないけれど、すべての種は与えてくれる今のボス。

あきらめられるなら、23歳、25歳のときにあきらめてる。
それができなかったから、往生際悪く、今でもしがみついてる。
それに、今、この状況であきらめたらもったいなすぎる。
少なくとも、モヤシより優秀な人であればモヤシの目標を達成できる環境にいる。

まだ1年。
10年続けたら1人前というなら、まだ9年もある。

ドキドキ、わくわくと。

少なくとも、自分の目と手が届く人のことは大事にできるように。
ちょっとずつ、ちょっと遠くの知らない人のことも大事にできるような人に。

「成長できるかい?」



深く考えもせずに答える「はい」がウソにならないように。

格。

  • 2011/09/26(月) 00:28:56

ボスがボスであることを肌身に感じた日。
「あぁ~この人の、この懐の深さにボクは拾ってもらったんだ」
って、ビーーーンと胸に突き刺さってきた。

遅刻ばかりで口先だけの
お調子者のアルバイトスタッフ。
いつもうちのボスの介助に入っている彼。
月間表も月末になると「遅刻」の赤字が並ぶ。

どうしてだか、うちのボスはそういう人が大好きで。

彼が目指してきた就職試験に落ちたとき、
唐突に「○×□のオフィスで雇おうか」とぶち上げた(笑)
いやいや、悪い人でないことは確かだけど、、、ちょっと、、、

って、誰もが渋った。
その瞬間、、、

「人ってのは成長するんだよ!変わるんだよ!!」と怒鳴った。
しばらくなりを潜めていた鬼が顔を出したような、そんな気迫。

先週末、先輩たちと飲んだとき、
みんながボクとボスが出会う前のことをたくさん話してくれた。
みんながどんな経緯で出会って、育てられて、挑戦して、守られて。

進学する先輩に
「学費と生活費は足りるのか?困ったらいつでもおれのところに来い。」

他の事業所の人に対して
「あの人は絶対につぶしちゃいけない。おれがそいつの給料出すよ。」

今まで、ずっとそうやって自分の仲間を守ってきたんだ。
とっくにリタイアしてもいい年齢で、牙も丸くなって、
これからもまだ何年も現役でいるつもりでいる。

親であることにリタイアがないように。

どうりで事務所が居心地いいわけだ。
ボスのことをみんなが八王子の親父のように慕っていて、
この春に亡くなった大先輩をお母さんのように慕っていた。
先輩たちがお兄ちゃんだったり、お姉ちゃんだったり。

「人ってのは成長するんだよ!変わるんだよ!!」

ボクもそうなれるかな。

週末の。。。

  • 2011/08/05(金) 23:38:58

cafelatte.jpgカフェラテ1杯。
休日のスターター。
「1週間お疲れ様でしたぁ~」っと。
映画とタバコとカフェラテと。

明日もちょっとだけお仕事。
今日はその準備でちょっと外出。

「オーライ、オーライ!」と威勢よく駐車を誘導するおばちゃん。
ゆぅ~っくり、ゆぅ~っくり、車がバックして、
車の後部がおばちゃんのお腹に食い込んだ。。。

ゆぅ~っくり、ゆぅ~っくり、と。
おばちゃんが悶絶していった。

そんな肉体系ギャグに笑いをこらえながら、
明日のお仕事の相談。

事故なんだよね?
って思うのに、おばちゃんはにんまりとボクに
「じゃあ明日はよろしくね♪」

お、、、

MR.ZATSU

  • 2011/07/24(日) 02:50:36

「自分で獲りに行かなきゃらちがあかない」

と、気がついた5月。
周りのオプションを眺めて届くものには端から手を出した。

一つ。

とても有意義な仕事を手に入れて、
どんどんそれにのめり込んで、
協働している先輩や上司の先回りばっかり考えて、
徐々に定着してきた、とある行政交渉の案件。

障害者運動の中枢にいられることを
肌身に感じられる仕事。

大変だけど、
どんなに長い会議でもギンギンに興奮してられるほどに気に入ってる。

そしたら、今度は調子に乗り始めていたようで。。。
ここ1,2週間、出るわ、出るわ、凡ミスの数々。

知的障害者用の資料作りでのルビの誤字。
印刷時の設定ミスで大量の紙をシュレッダー送り。
企画書の内容を更新しても、日付を更新し忘れたり。
挙句に、メールにデータを添付し忘れる始末。

先輩たちからは「原山、大丈夫か~、休んでるか~」と心配されて。



ふぎゃーーーーーーー。




自分でも情けなくなるほどに仕事が雑になってる。




次の1週間、仕切り直さなきゃ。
体力的にも、精神的にも、能力的にも今がギリギリ。

でも、「まだモヤシにやらせろ」と生意気に考えられるし、
その感触もある。

はぁ~、、、

明日、事務所にでも行きますか。
そんで、下準備。
来週、同じ失敗をしてたら降板確実、、、ピンチ。

「まぁなんとかなるでしょ」がなんともならないじゃないか、、、
一皮むくぞーーーー!!


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