ちょっとそれは…

  • 2009/10/29(木) 00:54:12

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毎日遊びに行っているろう者のコミュニティオフィス。
色々な人たちと行くたびに出会って、学んで、楽しんで、ふざけて。

9月、台湾で開催されていたろう者のオリンピック「Deaflympic」
そこに出場した陸上のケニア代表選手3人とも知り合いました。

3人ともボクと似たような年齢で、
関心のあることも、好みも似ていたり、、、というか、
ひたすら下ネタで会話が成り立つところが好きです。

台湾にいたとき、ここぞとばかりにたくさんの台湾人の友人を作ってきた彼ら。
そのなかの1人が今日、ボクに一つのお願いをしてきました。

「この娘に電話したいんだ。通訳してくれ。」

。。。ボク中国語もう話せないし、というか、まったく覚えてないし。

「やってみろって!」

。。。アンタが日本手話で会話できないのと同じようなもんだぞ。

「TRY! TRY!! TRY!!!」














金額のでかい国際電話をする相手ってやっぱり女の子なんだな。w














ダイヤルしました。。。























できるか!!

「ありがとう」って言われた。

  • 2009/10/27(火) 07:58:07

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この前、ようやくケニアのホームタウン「Kiserian」へ帰ってきました。
ランチはタウンで友人のろう者たちと。
そのあと特にすることもなかったのでタウンからKiserianまでマタツでピューっと1時間半。

とは言っても、実はその前日にKiserianを通り過ぎていたんだ。
そのときは日本人の友人たちとアフリカ大地溝帯を眺めながら焼き肉ランチ。

なんだか、そのときに無性にKiserianに足を下ろしたくなって、
そんで、次の日にほとんど思いつきで、勢いだけで行ってきました。

町のはずれにある教会の一室。
そこは日曜日のサービスの日だけろう者たちに開放されてる。
彼らはそこでろうの牧師さんと一緒にお祈りをしてる。

写真の彼、2年前のボクの教え子の一人Martin。
2年もあれば大きく変わっているんだろうなって思っていたのに、
なんにも変化がなかった。だから写真も2年前のままで。。。

なんちゃって紳士的、強情で、世話焼きで、、、
出会った瞬間にすぐに彼だとわかった。

たくさん、たくさん、時間を忘れるくらいにたくさんのろう者と話した。
本当は、その日はフィールドワークをするつもりはなかったのだけど、
話をしていたら「今、ここでやっていいぞ」って言ってもらえて、
その言葉に甘えて少しだけ活動してきました。

雇用環境に関する質問が主なのだけど、
なかにはかなりプライベートな項目も含まれてる。
いきなら外国人が聞いてしまったら警戒されてしまうんじゃ…って不安もあり。
それでも、みんなボクから少しも目をそらさずに質問に答えてくれた。

気がつけば、12人もインタビューに答えてくれた。

もたもたしなだらも、ようやく準備を整えて挑んだフィールドワーク。
初めてインタビューしたときの緊張感は今でも鮮明。
何度やっても不安があって、
お互い笑顔で終われたときの安堵感は腰が抜けるような感じ。

最後はいつも自分の心のすべてを込めるように「ありがとう」とサイン。

ところが今回、ボクが「ありがとう」とサインをする前に、
ボクに向かって「ありがとう」と言ってくれたろうの女性がいた。

「なんで?」って感じなのだけど。
なんだか嬉しくなってしまって、そのときは深く考えなかった。

いつの間にか夕方になって、慌てて帰宅。
帰りのマタツのなかでずっと彼女の「ありがとう」の意味を考えてた。

「何かを期待してくれているのかな?」とか。
「なんとなくノリで言っただけなのかな?」とか。
インタビューのあとも、彼女はボクに自分のことをたくさん話してくれた。

ケニアのろう者が将来に寄せる期待を知りたくて、ここに帰ってきて。
こうして大勢のろう者に囲まれてたくさんの話をしていると、色々なことがわかってくる。

久しぶりにKiserianに帰ってきて、一つ気がついたことがあった。
なんとなくだけど、こっちのろう者の手話の方がナイロビのろう者の手話よりわかりやすい。
「やっぱりボクってこの町で、この町のろう者に育ててもらったんだな」って感じる。

2年前の帰国のとき、何度「ありがとう」のサインをしても気持ちを伝えきれなくて、
だからどうしてもケニアに帰ってきたくて。
言葉で伝えきれない分、他の形で伝えようって思ってきた。

それを今、またこの国のろう者たちに教えてもらってる。
恩が増すばかりだね。

彼女の「ありがとう」のなかに、そのヒントがあるような。。。なんて思ってみたり。

手話道場☆

  • 2009/10/22(木) 09:02:11

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あぁ〜疲れた。
なんて思いながらもなんか気持ち良かったり。
これが、モヤシがいちばん充実してるとき。

久しぶりにCharles先生の働く事務所へ。
ついついドアをノックしそうになりながらも、
「あ、いいか」なんて思いつつドーンとドアを開け、
そこに集まるろう者たちに「なんだこいつは!?」って顔をされつつも秘書室へ。

なんとなく通り過ぎたろう者の群衆のなかから、なんだか変な視線…
というか、なんというか、アピールというか。。。

おかしいんだよな。
見覚えのある体格、服装、スタイル、、、でもわざと帽子を深くかぶってる。
「まさか、、、」なんて思いつつ、周りから「帽子をとってやれ」のサイン。
「えぇ〜」なんて思いつつ、帽子をとってみた。

顔を見るまでもなく、ボクにこんなことをしてくるのは彼だけで。
Williamだった。年齢はボクと一つ違い。
2年前はたくさん手話を教えてもらって、何度も一緒にサッカーをして。
Charlesが剛とするなら、Williamはいつでも柔のような存在だった。

当時はなかなか高校から先の進学が決まらずに苦労していたけれど、
今では無事に進学し、パソコン関係の勉強をしているみたい。

ちゃんと名前を覚えててくれた。
ケニア人の聞こえる人は誰もボクの名前をスペルまで覚えててくれてないのに。
「Kosuke、お前こんなところで何してるんだ?」と。

「アンタこそ何してるんだよ」なんて思ったり、でも、、、
「ケニアのろう社会のことをもっと勉強したくて、それに今はケニア手話の訓練も受けてる」
って話したときの彼の表情の変化がすごく印象的だった。

「ケニアに帰ってきて本当によかった!」って思えた。

Charlesの勤めているところは、いつもナイロビ周辺に暮らすろう者のたまり場になってる。
何も用がないのにフラッと立ち寄って、友人や初対面のろう者と会話をして、また帰ってく。
今日はそこに、、、気がついたら5,6時間くらい滞在してた。
ボクも特に何をするわけでもなく、ただひたすらに会話し続けた。

ほぉ〜〜疲れた。
ケニア手話や、ボクに気を遣ってくれたろう者はときどきアメリカ手話や、英語対応手話や、
色々な手話が飛び交っていた。「手話世界のド真ん中!!」って感じ。

こういう環境にいると知らない間にサインのボキャブラリーが増えていたり、
表現法が身についていたり、確かに実感できることは手話ってやっぱり立派な言語だなって。
すべてとまではなかなかいかないけれど、ボクの頭はちゃんと言語として手話を認識してた。
頭のなかでガンガンと、彼らの声が響き渡っていた。

たくさんろう者の友達もできた。
少しキュンとしてしまいそうなろうの女の子も来てた。
こんなとき、男は勉強にもっとも熱が入るものなのです。

放課後はボクも、用もないのにあの部屋に行こうかなって思います。
日替わりで、なかには日課のように訪れるろう者みんながボクにとって手話の師匠で。
大変なときもあるけど、楽しいこともたくさんで。

2年前と同じように、温かく鍛えてもらってます。
とても居心地がいい。

手話での会話から。

  • 2009/10/16(金) 22:17:00

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今日出会ったケニアのろう者。男性。
奥様は4名様。
ろうの奥様2人と聞こえる奥様2人。

おれは女のために4人と結婚してるんだ。
知っているだろう?ケニアでは男より女の方が多いんだぞ?
もし男女1:1の結婚ばかりしてたら、女だけあまっちまうだろ。
そんなことになったら女ばかり泣くことになる。
だからおれは4人と結婚した。
女は泣かせちゃいけない。。。

彼が一番の女泣かせだって思った。

そうだ。ケニアへ行こう。

指文字と心遣い。

  • 2009/10/09(金) 05:53:44

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毎日、毎日、ろう者同士の会話や
通訳までこなせてしまうほど上手な聞こえる人の手話を見ていると
「もっともっと手話でおしゃべりになれたらいいのにな」って思えてきます。

サインのわからない言葉を表現するとき、
ケニアでも英語やスワヒリ語の単語を指文字で表現したりします。
ろう者のスペリングのスピード、、、とてもじゃないが頭も目も追いつかない。
でも、それをちゃんと読み取れる聞こえる人も大勢いる。

はやくその大勢の一人になりたくて、
スピードにばっかりこだわりがちになってしまう。

たとえば、ボクの勉強しているところ、
一緒に手話を勉強している人たちは指文字の読み取りが苦手な人が多い。
でも「もっと速く、もっと速く」なんて考えながらスペルしていると
ついつい彼らが理解できていないのをおかまいなしにしてしまっていたり。

伝わらなかったら、どれだけ正しい言葉を発していても仕方ないのに…
って、あとになってよく反省しています。

もっともっとがっつり!という気持ちと
クラスの仲間と一緒に!という気持ちと、、、

何度もループしてきたけど、少しずつ変わっていけないかなって。
自分だけ突っ走るよりも、、、って。

自分の目的を達成するためだけにケニアに来たけれど、
それだけじゃないところにもっと楽しいことがあるような。

四六時中楽しくないといやだし。
将来の楽しみのために苦労は出来ても苦痛まではお断りだし。
たぶん、今の仲間のなかで一人だけ
「もっと、もっと」って突っ走ることは苦労でもなんでもないかもって。

指文字はもっともっとゆっくりと、だれでも読み取れるように。
手話も一つ一つ正確に。みんなの顔を見ながらゆっくりと。
それが基礎だと思うし、しつこいくらいに基礎を固めたらきっと。。。いつか花咲くはず。

ボクもろう者と話すとき、みんなゆっくり話してくれるし。
指文字も何度でも、ボクがわかるまで繰り返してもらったし。
そうやってケニア中のろう者に育ててきてもらったし。これかもだし。

ボクもちゃんと心遣いができるようになれっかな〜。