格。
- 2011/09/26(月) 00:28:56
ボスがボスであることを肌身に感じた日。
「あぁ〜この人の、この懐の深さにボクは拾ってもらったんだ」
って、ビーーーンと胸に突き刺さってきた。
遅刻ばかりで口先だけの
お調子者のアルバイトスタッフ。
いつもうちのボスの介助に入っている彼。
月間表も月末になると「遅刻」の赤字が並ぶ。
どうしてだか、うちのボスはそういう人が大好きで。
彼が目指してきた就職試験に落ちたとき、
唐突に「○×□のオフィスで雇おうか」とぶち上げた(笑)
いやいや、悪い人でないことは確かだけど、、、ちょっと、、、
って、誰もが渋った。
その瞬間、、、
「人ってのは成長するんだよ!変わるんだよ!!」と怒鳴った。
しばらくなりを潜めていた鬼が顔を出したような、そんな気迫。
先週末、先輩たちと飲んだとき、
みんながボクとボスが出会う前のことをたくさん話してくれた。
みんながどんな経緯で出会って、育てられて、挑戦して、守られて。
進学する先輩に
「学費と生活費は足りるのか?困ったらいつでもおれのところに来い。」
他の事業所の人に対して
「あの人は絶対につぶしちゃいけない。おれがそいつの給料出すよ。」
今まで、ずっとそうやって自分の仲間を守ってきたんだ。
とっくにリタイアしてもいい年齢で、牙も丸くなって、
これからもまだ何年も現役でいるつもりでいる。
親であることにリタイアがないように。
どうりで事務所が居心地いいわけだ。
ボスのことをみんなが八王子の親父のように慕っていて、
この春に亡くなった大先輩をお母さんのように慕っていた。
先輩たちがお兄ちゃんだったり、お姉ちゃんだったり。
「人ってのは成長するんだよ!変わるんだよ!!」
ボクもそうなれるかな。
週末の。。。
- 2011/08/05(金) 23:38:58
MR.ZATSU
- 2011/07/24(日) 02:50:36
「自分で獲りに行かなきゃらちがあかない」
と、気がついた5月。
周りのオプションを眺めて届くものには端から手を出した。
一つ。
とても有意義な仕事を手に入れて、
どんどんそれにのめり込んで、
協働している先輩や上司の先回りばっかり考えて、
徐々に定着してきた、とある行政交渉の案件。
障害者運動の中枢にいられることを
肌身に感じられる仕事。
大変だけど、
どんなに長い会議でもギンギンに興奮してられるほどに気に入ってる。
そしたら、今度は調子に乗り始めていたようで。。。
ここ1,2週間、出るわ、出るわ、凡ミスの数々。
知的障害者用の資料作りでのルビの誤字。
印刷時の設定ミスで大量の紙をシュレッダー送り。
企画書の内容を更新しても、日付を更新し忘れたり。
挙句に、メールにデータを添付し忘れる始末。
先輩たちからは「原山、大丈夫か〜、休んでるか〜」と心配されて。
ふぎゃーーーーーーー。
自分でも情けなくなるほどに仕事が雑になってる。
次の1週間、仕切り直さなきゃ。
体力的にも、精神的にも、能力的にも今がギリギリ。
でも、「まだモヤシにやらせろ」と生意気に考えられるし、
その感触もある。
はぁ〜、、、
明日、事務所にでも行きますか。
そんで、下準備。
来週、同じ失敗をしてたら降板確実、、、ピンチ。
「まぁなんとかなるでしょ」がなんともならないじゃないか、、、
一皮むくぞーーーー!!
ろう者の苦悩。
- 2011/07/19(火) 20:56:41
ボク自身も通う手話講座。
各地に点在する手話サークル。
テレビの手話通訳。
列車の到着を伝える文字盤。
そのどれもが、
ろう者たちが長年をかけて取り組んできた運動の成果。
少しでも自分たちの生活が豊かになるように。
利己的な利便性を求めてきたわけでもない。
多くの運動は、あくまでろう者を他と同等の“個人”として認められようとするもの。
耳が聞こえないという一面も、手話という固有の言語も含めた個人として。
過去と比べたら、改善された点も多いかもしれない。
けれど、現状はまだ彼らの権利を平等に保障できていないし、
固有の言語や耳が聞こえないことを原因とした問題も多い。
聞こえる子たちにも手話との接点も。
そんな思いで実現しつつあった小学校での1日手話講座。
学校の先生たちは一生懸命に講師を務めてくれるろう者を探した。
生徒たちは「手話」という未知の言葉を楽しみにしていた。
依頼を打診されたろう者もなんとか期待に応えようと一生懸命に準備した。
でも、今回の1日手話講座は講師のろう者を強く苦悩させてしまった。
授業が平日に行われるのは当然で、
この手話講座も平日に計画されていた。
講師のろう者は仕事を休まなければならないけれど、
聞こえる子たちに手話と接する機会をつくれるならと引き受けた。
たった1円の保障もなく。
市にも、教育委員会にも、学校にも
この1日講座に対する予算はまったくなかった。
講師が準備に費やした時間も、用意したテキストも、
仕事を1日休むことで減少した収入も。
そのすべてが講師にのしかかった。
手話講座はボランティアで行われて当然なのか。
講師の勤め先や社会は彼の行為を趣味の範囲と捉えるのか。
この状況が続けば、
いつまでたってもろう者自身が講師を引き受けることは難しくなるし、
聞こえる人がろう者と接する機会も増えないし、
ろう者が自分の身を削ることでしか講座をもてなくなる。
この1日手話講座は慈善教育なのか、正当な社会教育なのか。
誰かの力を借りるということは
その人になんらかのコストを消費させるということ。
金銭も、労力も、時間も。
それを自分も背負うことができて
はじめて対等な関係になれるんだろうな。。。と、この事例に学んだ。
学校と講師のろう者は対等でいられたかな・・・
ガンバコッ!
- 2011/05/29(日) 13:48:04
この仕事について、
毎日のように様々な障害をもつ当事者の語りを聞く機会が多くなった。
それは声に表現されていたり、手話に表現されていたり、行動であったり。
そのたびに、
自分を省みる。
相手に主張力がないのか、
自分に読み取る能力がないのか。
だから嬉しい。
毎日、先輩である当事者の職員や
ブラッと立ち寄った当事者がたくさん話をしてくれる。
そのおかげで、当事者でないボクが彼らのなかで働ける。
だから、どんなに仕事がたまっていても語りのときには手を止める。
1時間でも2時間でも、その話に夢中になって当事者の世界を探訪する。
そして、Mr.サービス残業の名をほしいままにする(笑)
日曜日もこうして事務所に缶詰めに。。。
当事者の語りを聞いていると、
よく気になるのが、そのユーモアであったり、楽観性であったりすること。
それはケニアのろう者にしてもそうだったけれど、
ここ日本でも、ベテランの障害者になるほどにその問題をユーモアたっぷりに表現している。
先日、茨城出身の精神障害者の語りを聞く機会があった。
精神障害者もまた社会の受け皿が少なくて、
かつてから人里離れた精神病院に収容されることが多かった。
その名残として、都内では八王子に多くの精神病院が集中している。
一度入院するとなかなか退院できない。
退院のためには“保護者”と呼ばれる人の認証が必要であったり、
病院の外に出ようにも受け皿がないために、結局、長期の入院を余儀なくされる。
医療システムの問題と社会システムの問題とが折り重なって、
精神障害者は“社会的入院”という状況に置かれることが多い。
そんな先の見えない“社会的入院”を揶揄して
茨城の精神障害者たちはそれを「ガンバコ入院」と呼んでいるらしい。
茨城の方言でガンバコは「棺桶」のこと。
つまり、「死ぬまで入院」ということを意味していた。
「うわぁ〜悲観的ぃ〜」なんて思う前に、
その人はゲラゲラと笑っていた。
「茨城の人は面白いこと言うべ?」なんて言いながら。
「だから、僕はゾンビみたいなものさ」
「棺桶から蘇ってきたのだから。アハハハ」
すべての精神障害者を地域社会に戻すことはできないかもしれないけど、
それを望む人には、その機会を、失敗への寛容を。
みんな成功と失敗の連続のなかで、社会の寛容に支えられているでしょ?
それを僕らにもほしいだけ。
職場が残業に寛容的でよかった。
そのおかげで、また今週も思う存分に誰かの語りを聞くことができる。
たぶん、休日返上で残業していることも、
非営利団体らしく待遇が切羽詰まっていること、
もし他の25歳との間に差があるとしたら、
その時間数の差も、賃金の差も、そのすべては未来投資に。
どうか5年後、10年後、20年後に、この道で少しずつ花が咲きますように。。。





